三菱UFJ銀行会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」のアジアビジネス情報への掲載コラム

シンガポールの人的資源政策(スモール・イズ・ビューティフル)

前回の「これからの「販路開拓ビジネスマッチング」を考えてみた」(三菱UFJ銀行会員制情報サイトへの寄稿コラム2022年6月21日付掲載)では、アフターコロナを想定して寄稿した。しかしその後、新型コロナウイルスの変異株の中でも感染力の強いオミクロン株の出現により、日本では感染者が増加し今一歩、本格的な経済活動ができない状況にある。

今回は、2022年4月1日より海外からの入国制限を緩和し、経済復興に向けアジアの中ではいち早く舵を切り出したシンガポールの近況をレポートする。

マーライオンとマリーナベイ・サンズ(2022年8月、写真はすべて筆者撮影)

シンガポールはマレーシアの南に位置する島の都市国家で、面積は約720平方キロメートル(東京23区と同程度)、人口は約569万人(日本外務省/基礎データHPより抜粋)。コンパクトな国であり、食料の供給はほぼ海外からの輸入に頼っている。日本との比較はそう簡単にはできないが、共通しているのは「天然資源」に恵まれていないところである。

 

2022年コロナ収束後のシンガポール入国者状況

2022年5月のシンガポール政府観光局(STB)の発表によると、同年4月の外国人入国者数は29万4,300人となり、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が始まって以来最多を記録した。その理由は、同年4月1日から入国制限が大幅に緩和されたためである。

 

シンガポールの観光名所はタイなどの観光立国と比較すると少ないが、セントーサ島にはショッピングモールからユニバーサル・スタジオ・シンガポールやカジノなどのIR(統合型リゾート)があり、シンガポールにおける重要な観光スポットとなっている。さらに島の南側はビーチが続いており、シンプルに観光を楽しむことができる。

一流ブランド店舗が入る統合型リゾート

 

コンパクトで魅力的な街づくり

シンガポールでは電子入国カード(SG Arrival Card)アプリまたはブラウザ上での電子申請による入国から始まり、入国後は位置情報アプリを起動させると、VISA、Mastercardなどのクレジットカード1枚でシンガポール市内の移動(地下鉄(MRT)、バスなどを利用)も容易にできる。また、レストランでは入店リクエスト、料理メニューの専用QRコードを読み込み注文するなど日本以上にデジタル化が進んでいる。

 

シンガポールは世界的な金融センターという位置付けになっているが、街中には東京やバンコクのような窓口業務で対応している銀行店舗よりもATMをよく目にし、かなりのスピードでキャッシュレス化が進んでいる。その他、IoT制御管理の清掃ロボットでの省人化を推進する動きも頻繁に見られた。

ビジネスインテリジェンスビル所属のロボット

 

グローバル経済のハブ拠点としての機能

シンガポールには多くの外資系企業がアジア全体の統括本部機能を置き、各種情報が集積する「アジアのハブ拠点」として、グローバル経済の中で重要な位置を占めている。ハブ化する魅力は、やはり人的資源=「ヒト」である。企業活動のすべてはヒトから始まり、「ヒト」が持っている技術や能力によって経済的な価値を創造することができる。変化が激しい時代を生き残るために、人的資源は大きな要といえる。

シンガポールに進出している中堅日系企業に、同国の魅力について聞いてみた。

Q シンガポールへの進出理由となる魅力をどう考えるか?

言語も含めた多様な人材と柔軟な雇用環境

(2)多様な価値観を含めた高学歴の人材雇用が容易

(3)産業によってはシンガポール政府の多様な支援を受けられる

(4)他の東南アジア諸国とのアクセスが容易

(5)日本との時差が 1 時間

 

いずれの企業も人的資源に関する理由を上位に挙げる傾向にある。

 

シンガポールの発展は高度人材育成政策にある

シンガポールは政府歳出の2割近くを教育予算に割り当てている教育国家である。つまり、人は国家なりという考え方で、シンガポールに研究拠点を置く海外企業はその理由として、人材の優秀さに加えこれら人材が各国から集まることによる多様性(ダイバシティー)を挙げている。ジョブホッピングが頻繁に行われるが、そのメリットとして、高度な人材が流動しやすい環境という側面もある。またさまざまな人種、国籍、価値観、思考、バックグラウンドを持つ人々が集まっている場所である故に、日本人だけでは思いつかない発想、イノベーションが生まれる土壌があるといえるだろう。

 

人材を重視するシンガポールの姿勢

世界的な大学評価機関である英国・教育コンサルタント QS Quacquarelli Symonds(クアクアレリ・シモンズ)の発表(2022年6月)によると、アジアのトップは世界11位のシンガポール国立大学(NUS)で、世界には同シンガポールの南洋理工大学(NTU)が続いた。東京大学は23位、京都大学は36位とQS世界大学ランキング2023にランクインしている。

シンガポール国立大学(NUS)中央図書館内

今回、歴史の古い総合大学であるNUSを訪問したが、メインキャンパスだけでも広大な面積で1日では回り切れない規模であった。大学構内の学生たちはさまざまな人種で欧米など海外からの留学生も多く見られた。またキャンパスの掲示板には、ユニークさに富んだメッセージもあれば辛辣なメッセージもあった。

NUSは「アジアにおけるグローバルな大学」という印象が強く、世界の移り変わりが非常に激しいことから、才能ある学生を世界中から集めると同時に、未来に役立つ技術革新(イノベーション)に貢献することを大きな目的としているように思う。

余談となるが、キャンパスを視察している最中に感じたことは、学生たちは学業における競争社会という強力なプレッシャーの中で生活を送っているということである。誰も保証してくれるわけではないが、将来の明るい未来とビジョンがあるからこそ、今を過ごせるのではないかと学生たちの表情を見ていて思った。これからアカデミックな世界の流れは、急速に「学び直し」に関する制度が進み、有名教授の配信授業をインターネットで“ポチる”時代がすぐそこまで来ているような発想が浮かんだ(笑)。。。

NUS構内

NUS構内はとても明るく、一部テナントとしてスターバックスなどのカフェもあり、日本では見られない珍しい食品の自動販売機も多く設置されている。

NUSの掲示版

筆者が気になった掲示板メッセージ。

“世界は絶え間なくデジタル変革を遂げています。誰も取り残されないと誰が確信できるのでしょうか?“ → ”あなた“

 

まとめ

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻という悲しい争いが長期化している今。シンガポールのような小国で天然資源に乏しい中でも教育を重視し、無限の可能性を秘めている次世代の育成・開発を「国造りビジョン」という柱として実践していることは、20年後、30年後において極めて大きな意義があり、今後もシンガポールが東南アジア諸国連合(ASEAN)主要国であり続ける原動力となると思う。

 

先が見通しにくい変化の激しい時代に突入し、人的資源は国や地域社会に大きな影響を与える。国造りの基礎は「人づくり」とよく言われるが、シンガポールこそ、アジアの中でそれを実践している国家であり、そのことはのちに歴史が証明するだろう。

(2022年8月22日作成)

(掲載オリジナルPDF版は以下をクリック)

20220830_シンガポールの人的資源政策|MUFG BizBuddy