三菱UFJ銀行会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」のアジアビジネス情報への掲載コラム

 

十全十美、これからの海外ビジネスの在り方を考える

 

2020年初頭から世界的な流行が続く新型コロナウイルス感染症の影響により、タイに進出しているサービス業を中心とした多くの日本企業が経営オペレーションの方針転換を余儀なくされた。企業活動のグローバリゼーションは今後も進んでいくとみられるが、2022年半ばからは「更なる選択と集中」「成長のための再配置」の流れも強まると思われる。

例えば工業分野においては、地球環境への配慮による自動車の電動化に伴い、既存の部品や製品の受注が減少することは火を見るよりも明らかである。また食品分野においては、地球温暖化の原因とされる二酸化炭素(CO2)やメタンなど温室効果ガスの排出を抑制するためには人間が肉類の摂取を控えるのがよいのかもしれないが、現実的ではない。今後は畜産代替品(大豆ミートなど植物性原料から作られる畜産類似食品)など「おいしい植物由来の肉」の研究が世界中で加速し、工場の設備や配置も変わっていくとみられる。

 

また更なる付加価値の追求として、ビジネスの成長や企業の生き残りをかけ、もう一歩踏み込んだ異業種との連携が進むことも予測される。この中で特に課題を抱えるのは日本の中小企業だろう。海外展開してみたものの、市場への参入が困難となっているという企業経営者から最近よく相談を受ける。その要因の一つは、市場環境の変化である。こうした変化に対応するためには今一度、ビジネスにおける戦術の布陣を整えるという考え方もあるのでないだろうか。「十全十美(じゅうぜんじゅうび)」という言葉があるが、これから10年後のビジネスを想定して、完全で欠点がないコンセプトを考えるというのも必要だ。

そこで今回は、海外ビジネスにおけるリスクのミニマイズ化について、筆者自身の経験を基に取り上げる。弊社では最近、事業譲渡、商権移管、撤退方法について確認しておきたいというお客様の相談が急増している。グローバルに事業を展開している企業にとって、ビジネスモデルやサプライチェーンの再構築などは喫緊の経営課題であると思われるが、同時にグローバル経営における現地マネジメントの在り方そのものを見直す際の一助となれば幸いである。

 

タイ・エグジット(Thai-Exit)

ところで、2016年頃、ヨーロッパ関連のニュースでイギリスの欧州連合(EU)からの離脱を意味する「ブレグジット」(Brexit)という「造語」が流行したのは、記憶に新しいと思う。

「タイ・エグジット」(Thai-Exit)はBrexitになぞらえた筆者の造語であるが、決してネガティブな意味で表現したのではない。投資やビジネスでよく耳にする「損切り」を意味する。一般的な株式投資などの損切りと同じで、投資家が損失を抱えている状態で保有している株式などを売却して損失を確定させることである。そのまま保有し続けると損失が膨らみ、日本の本社の屋台骨までおかしくなる懸念もある。

Thai-Exitには、以下の3つの方法が考えられる。なお、最初に注意しておくべき点として、タイには休眠会社制度がないことを念頭に置いて何らかの手を打つ必要がある。そのためにも、日頃から現地パートナーとの関係を密にしておく必要がある。

(1)合弁パートナーへの株式の転換

コロナ禍で現地への日本人駐在員の派遣が難しいことから合弁事業がうまく進まず、合弁先やクライアントとの関係を維持することが困難になった場合に、どのように合弁事業を解消するかを合弁協定書の作成段階で規定しておくことが重要である。一定の場合に先方の株式を購入する権利を規定するコールオプションや減資、反対に日本側の株式を合弁パートナーに売却するプットオプションも考えられる。

 

(2)手放し型、現地化(Localization)

コロナ禍におけるM&Aなどは、先が見通しにくいこともあり現実的に有利な条件を引き出すことが難しい。選択肢の一つとしては、事業を日系またはローカルの同業他社に譲渡して継続してもらうことが考えられる。業態によってさまざまではあるが、これからは海外投資における考え方が変化していくと筆者は実感している。真のグローバル経営においては常に現地化を意識することが重要であり、譲渡先と技術や営業に関するアドバイザリー顧問契約を締結するケースもある。

(3)完全撤退

タイからの撤退事例は進出と比較して少数であることに加えて、成功事例と異なり公表されることがまれであるが、会社の解散・閉鎖の手順だけでも知っておく必要がある。

 

会社の解散・閉鎖の作業手順

会社の解散・閉鎖にあたっては、事前に資産売却や現金化の目途を立てておく必要がある。具体的な流れは、以下の通りである。

  1. 会社閉鎖に関する株主総会の開催について地元新聞へ公告を掲載(1回目)
  2. 会社閉鎖に関する株主総会の開催を各株主へ書状を書留で送付
  3. 株主総会を実施(4分の3以上の賛成で閉鎖手続きに進むことができる)
  4. 清算人の選出(タイ人合弁パートナーなどが望ましい)
  5. タイ商務省に清算人を報告及び申請
  6. 商務省が清算人を承認
  7. 会社閉鎖に関する株主総会の開催について地元新聞へ公告を掲載(2回目)
  8. 2回目の株主総会で承認を得る
  9. 会社閉鎖に関する株主総会の開催について地元新聞へ公告を掲載(3回目)
  10. 資産の売却、株主配当分配などの作業
  11. 会社閉鎖のための決算(調査期間は最短5カ月)
  12. タイ歳入局に申請し、過去の申告状況などの税務調査
  13. 歳入局で閉鎖承認(法人税務証の抹消)
  14. 商務省で閉鎖承認(宣誓供述書(登記簿)の抹消に関する文書が発行される)
  15. 金融機関の口座解約手続き

企業規模によって異なるが、会社閉鎖については申告から登記簿抹消までの作業に12カ月以上は必要である。また閉鎖完了後、過去5年分の会計報告書類を5年間保管することが求められる。総論として中国よりタイの方が会社閉鎖は容易だが、現地にタイ人の清算人(Liquidator)が必要となる点に留意する必要がある。

 

これからは海外直接投資(FDI)ではないビジネスも考えるべし

技術的なノウハウや能力をつけたタイのような新興・中所得国では近年、親会社・子会社の関係ではなく、対等なビジネスパートナーとして契約に基づき取引を行う非出資型(Non-Equity Mode:NEM)国際生産及び同形態での貿易が増加している。今後はいわゆるファブレス化を追求する国際ベンチャー企業なども台頭してくるだろう。将来、NEMの考え方は世界的なトレンドとなり、この貿易形態は、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)の双方の企業の自立と発展に寄与すると筆者は見ている。

 

コロナの影響を受け、タイに進出している日系小規模事業者や中小企業の多くが日本本社からの支援によって命脈を保っている。しかし、「死んでいることに気づかないゾンビ企業」が多数出てくる可能性もある。今一度、経営の格付けや業態をチェックし、数年後の海外ビジネスの在り方を再定義する時期にきていると考えられる。そのような頭の切り替えが、更なる企業の新しい付加価値やビジネスでのGame Changerのような大きな変革をもたらすと信じている。

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(2021年11月24日作成)

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20211203_十全十美これからの海外ビジネスの在り方を考える